ストラットフォード・アポン・エイボン

ストラットフォードはウォリックシャーで一番古いマーケット・タウンです。

ウイリアム・シェークスピアの生誕地として有名で、人口2万人の小さな町ですが、年間50万人の観光客が訪れます。

 

「ロミオとジュリエット」「マクベス」「ハムレット」「リア王」「ベニスの商人」などの作品で有名な、ウイリアム・シェークスピアは1564年4月23日にこの町で生まれました。父は手袋屋を営み、商売は繁盛し、町長に選ばれるなどして、ウイリアムは恵まれた幼年時代をおくります。ウイリアムは町の学校で厳しく学問を叩き込まれました。1582年、18歳の時、隣村のアン・ハサウェーという26歳の女性と結婚。結婚6ヶ月後に長女スザンヌが生まれ(できちゃった婚ですね)、まもなく双子のハムネットとジュディスが生まれたのでウイリアムは20歳で3児の父になります。どのようにしてロンドンに出て、俳優兼劇作家として成功したのか、そのいきさつはよく分かっていませんが、1587年頃ロンドンに来て、1592年頃にはもう有名になっていたと思われます。1597年(33歳)ストラットフォードで一番大きな家であるニュー・プレースを買いました。(同じ年に長男が亡くなっています)。1596年ごろから1610年ごろまではロンドンとストラットフォードを行き来していましたが、晩年はストラットフォードに帰り、家族に囲まれながら最後の傑作をいくつか書きました。1616年4月23日ニュー・プレースで52歳で亡くなり、トリニティー・チャーチに埋葬されています。

 

 

シェークスピアの生家、妻の家、母の家、娘の家がシェークスピア・トラストによって保存・一般公開されています。

 

生家は、16世紀の商人の家の典型で、建物の一方は家族の住まい、もう一方は店と倉庫に使われていました。家具はその時代のものですが、この家に元からあったものではありません。

 

アン・ハサウェイの家はシェークスピアの奥さんが生まれ育った家で、16世紀の富農の家の典型です。萱葺き屋根に土の壁で造られています。居間のベンチや台所のパン焼きかまどは当時そのままの姿をとどめています。

 

ホールス・クロフトは娘のスザンナが夫で医者のジョン・ホールと住んでいた家で、17世紀の家と、薬草のための庭と、当時の医療器具を見学できます。


記事と写真 ライト裕子

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