ヘンデルの家

作曲家のヘンデルが1723年から1759年に亡くなるまで住んでいた家が、博物館として公開されています。

 

ジョージ・フレドリック・ヘンデルは、1685年にドイツのハレで生まれました。ヘンデルはドイツ北部のハノーバー選帝侯の宮廷楽長の地位にあったにもかかわらず、1712年の秋からイギリスに滞在し、ロンドンで活動をしていました。当時のアン女王に気に入られ、国の祝祭行事のための音楽の作曲を依頼されたりして、居心地がよかったため、ハノーバーにずっと帰っていませんでした。

 

ところが、1714年、イギリス国王であったアン女王が突然なくなり、ハノーバー選帝侯のゲオルク・ルードヴィッヒが、ジョージ1世として英国国王になり、ハノーバー宮廷の側近たちとともに、イギリスの地を踏んだのでした。ハノーバーの宮廷楽長の職務を2年近くもほったらかしにしていたヘンデルは心穏やかではありませんでした。

 

何とか関係を修復する手立てはないかと考え、1715年、ジョージ1世がテームズ川で舟遊びをしたおり、大勢の演奏家を乗せた船を国王の船のそばに近づけて、「水上の音楽」を演奏しました。このことがヘンデルの名を高め、また国王と和解できたきっかけと言われています。

 

ヘンデルはこのブルック・ストリートの家で、「花火の音楽」「メサイア」などの代表作を生み出し、自作のオペラのためのリハーサルも行ったそうです。ヘンデル・ハウスでは実際に彼が作曲に使っていたハープシコードや彼が亡くなった時にも使っていたベッドなどを見ることができます。毎週木曜日の夕方には、バロック音楽のライブ・コンサートも行われています。


記事と写真 ライト裕子

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