ワデスドン・マナー

ワデスドン・マナーはフェルディナンド・ジェームズ・ロスチャイルド男爵が一代で築いた16世紀フランス様式の館です。1874年から1880年にかけて、男爵は45部屋からなる建物を、18世紀フランスの家具と美術品で埋め、そこにオランダと英国の絵画を掛けるなどして、豪華絢爛なロココの世界を再現しました。

 

ロスチャイルド家はもともとフランクフルトのユダヤ人街に住んでいた貧しい家族でした。赤い盾〈ロートシルト)が標識についていたことから、ロスチャイルド(英語発音)と呼ばれるようになりました。1700年代初め、ロートシルトのマイヤー・アムシェルは12歳で孤児になりましたが、商才に恵まれ、古物・貴金属の売買を初め、20代にして貴族の出入り商人になりました。5人の息子たちも商才を発揮し、資産を増やしながら銀行家として成功を収め、ヨーロッパの金融王国を築いたのでした。彼らはフランクフルト、ウィーン、ナポリ、パリ、ロンドンにそれぞれの家を構えました。一族は、銀行以外にも、石油、運輸、ホテル、鉱山といろいろな事業を手がけています。

 

フェルディナンドはウィーン・ロスチャイルドのサイモン・マイヤーの孫で、母親はロンドン・ロスチャイルド家の娘です。フェルナンドは母親の死後、ロンドンに渡り、従妹のエブリナと結婚しました。しかし、懐妊していた妻を列車事故で失います。彼は、悲しみから逃れるために、家の装飾や、美術品集めに熱中しました。

 

絵画と美術品で埋まった邸宅は、まるで美術館です。18世紀フランスの家具と美術品でまとめられ、どれもが貴族や皇族の持ち物でした。壁の色が部屋ごとに違い、各部屋印象が異なります。絵画も多いのですが、家族の肖像画はひとつもなく、全部赤の他人の肖像画です。

 

庭は人工的なフランボヤン様式で、中央の噴水にはプルートとプロセピナの像がたっています。そして、その周りはいちいの木の生垣で縁取られた花壇には、鮮やかな色彩の花が咲いています。

 

ワインセラーも見ることができます。1853年、ロンドン・ロスチャイルド家のナサニエル男爵がボルドーにあるシャトー・ブラン・モートンを買い取り、1868年にはジェームズ男爵がシャトー・ラフィットを買い取り、現在は一族のうち6人が醸造所を所有しています。


記事と写真 ライト裕子

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