ノッティンガム


ノッティンガムはイングランド中部にある人口約30万人の中都市です。ロビンフッドの故郷,また、詩人のバイロンや、小説家のDHロレンスのゆかりの地でもあります。

6世紀にアングロサクソンが定住し、9世紀にはヴァイキングの進入を受け、混合文化が営まれていましたが、11世紀にはウイリアム1世がここに城を建てノルマンの支配下になりました。

13世紀初めにノッティンガム城の城主だったのは州長官のフィリップ・マークでした。強制、脅迫をいとわない残忍な支配者だったようで、彼こそがロビンフッドの敵の悪代官だったといわれています。

ロビンフッドのモデルはハンティングドンの伯爵ロバート・フィッツワースという貴族だったと言われています。出生の事情から森の住人のフッドという者に預けられ、その息子として育ったので弓術をはじめさまざまな技に長じ、森で暮らすためのあらゆる知識を身につけていました。成長して伯爵家を継ぎましたが、その頃シャーウッドの森は王家の猟場と決められ,森の鹿を殺したものに刑罰が課せられることになりました。今まで鹿を採って暮らしていた森の住人たちは生活に困り始め、伯爵は密かに彼らを庇っていたのですが、そのことがジョン王に知られてしまい、伯爵の振る舞いは王に反抗するものだとして、伯爵の領土は没収されてしまいました。所領を奪われたロバートは勝手知ったる森へ逃げ込んで、盗賊ロビンフッドになったのでした。

ロビンフッドはシャーウッドの森を本拠地として、たくさんの部下を率い、森を通る金持ちや貴族や僧侶から金品を巻き上げては,貧民に施していました。ロビンフッドが生きたといわれる13世紀のシャーウッドの森は、ノッティンガムから北へ30数キロに渡って広がる大変な広さだったそうですが、現在では一部しか残っていません。農地化が進んだための伐採、石炭の採掘によって地下水の水位が下がり樫などの樹木が多く枯れてしまったことなどが原因です。森の中にはロビンフッドが部下との待ち合わせに使ったと伝えられる、メージャー・オークという有名な樫の巨木があります。幹の回りは8メートルもある大樹ですが、樫の寿命はせいぜい500年で、700年前の話に大木として登場できるわけはありません。

中世には交易の町として知られ、鉄鋼業,織物業(特にレースが有名)が発達しました。産業革命期には紡績機の発明者アークライトが第1号機を設置したのがこの町で工業都市として発展しました。現在もハイテクが集まる有数の工業都市です。

ライト裕子


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